『なんで逃がした』
俺は心臓が止まるほど驚いた。
さっきまで上流に居たオッサンが俺の後ろに立っていたからだ。
『ビックリシタ・・・。 あ。あぁ・・・。どうも。なんでって・・・、釣れたからもういいんです。』
俺はその時、逃がした岩魚がもったいない。逃がすくらいならくれ。と、言われるんだと思った。
しかし、そんなことは言わなかった。
『そっかい。』
それだけ言うと、オッサンは川を上っていった。
変なオッサンだな。どうせ悔しくて話したくないんだろうな。そう思った。
フライを取替え、フロータントを付けてふーっと乾かした。
オッサンは相変わらずいいペースで岩魚を釣り上げていた。どれもまぁ~まぁ~のサイズみたいだったけど大物がかかることは無かった。
さっき大岩魚が居た流れにもう一度投げ込んだ。
何も起きずにフライは流れた。
そんなに甘くは無いよな。
流れきったフライをピックアップしその上の流れに打ち込んだ。フライは浮かんだまま流れてきて俺の脇を通り過ぎ、下流でユラユラと漂った。ピックアップしたらググっと重かった。
あら??今度は勝手に子岩魚が釣れた。ガハハ
フライをつまみ、15cmくらいの小さな岩魚をそっとリリースした。
俺はすっかり満足した。
オッサンはまだ上流だ。後からじゃあ、そうそう釣れないだろう。釣れてもさっきみたいな小さいヤツだ。ちょっと早いが握り飯を食って今日は帰ろう。
俺は岩に座り込みリュックからとり五目・シャケの握り飯と午後の紅茶を取り出して昼飯にした。
ここには岩魚がたくさんいることは分かった。今日はたまたま人が居たけど、ここまで来るヤツはそうは居ないだろ。俺の秘密の川、カーティスクリーク第一弾はここでイイや。なんて考えながら上流を見た。
オッサンの姿は見えなくなっていた。釣り上がって行ったのだろう。
そこには右から来た流れが左の斜面にぶつかって淵になり、流れ出しからこちらに向かって瀬をたてているのが見えた。
握り飯、2個じゃ足らなかったな。いつもなら3個なんだけど、今日は2個しか買わなかった。コンビニではこの他にサンドウィッチとメロンパン、アメリカンドッグを買ったからだ。でも車の中でみんな食べてしまった。
まぁ~しょうがないな。と思ったとき
『これ食うかい?。』
と、メンパに入った飯ときゃらぶきが目の前に差し出された。
俺はまたまた驚いた。
『ビ、ビックリシタ・・・。 あ、いや・・・。大丈夫です。』、
またオッサンが立っていた。
オッサンは『遠慮するな。』と、言ってメンパを差し出した。
『いや、いいですよ。おじさんの昼飯でしょ。』というと、オッサンはちょっと笑い『そっきゃ。』と答え、背負子を降ろし俺の隣に座った。
さらに驚いた。
オッサンはウエーディングシューズや沢登の靴ではなく、草鞋だった。脚絆を付け、足袋を履いていてその上に草鞋を履いていた。よく見るとそれだけじゃない、超の付くクラシックスタイルだ。
『かっこいいですね。』と、言うと、オッサンはまた少し笑った。
足袋と脚絆はマムシ避けだそうだ。ここらはマムシが多いから気を付けた方がいいと教えてくれた。
俺の質問にオッサンは言葉少なに答えた。
つづく
この話はフィクションです。