帰って写真を現像に出した。
尺岩魚なんてほとんど釣ったこと無かったから、ちょっと自慢だった。
やめときゃいいのに友達数人に写真を見せた。
当たり前のように『どこで釣ったん?連れてってよ。』と、誰もが言った。
俺は『ダ~メ。秘密の川だからね。』と言って教えることはしなかった。
禁漁間近。俺は友達と渓流釣りに行った。
さすがにどこの川も人が多く、予定していた川にも複数の車が止まっていた。
『別の川に行こうか?』
山をひとつ越えたところにある川に行きたいと友達が言うので移動することにした。
走りながら今年の釣りの話なんかしていたとき、『あの岩魚の川はこの近くか?』 と聞かれた。
俺は少し悩んだが、
『遠くは無い。歩きがかなりあるけど、入ってみるか?』と言ってしまった。
仲のいい友達だったしどうせリリースする。そうそうオッサンにも会わないだろう。それにシーズンの終わりを尺岩魚で飾るのも悪くないと思ったからだ。
急いで平に向かった。
いつものところに車を止めて傾斜地を下りていった。
友達はまだか?まだか?と、うるさかった。本流を上り、沢に入った。友達は休もう休もうとばかり言っていた。途中何度か休憩したが沢に着くのが遅くなる。昼過ぎは確実だ。帰りを考えると休んでいる時間は無いと思った。
『頼む、一回休もう。』
急いできたため俺も疲れた。1つ目の滝を登ったところで休むことにした。
ペットボトルのお茶を飲んでタバコを吸った。
ふ~~~っ
煙を目で追っているとき視線を感じた。
『あ、』
水の無い沢の真ん中に、あのオッサンが立っていた。
オッサンはしばらく黙って立っていたがゆっくりとこちらに歩いてきた。
『こんにちは。』
オッサンは返事をしなかった。そして近くまで来て言った。
『今日は水が無ねぇぞ。』
それだけ言って下っていった。
俺は見つかってしまった気まずさから何も返答できなかった。
オッサンの後姿を目で追った。背負子に書かれた墨の文字が目に入った。
弦五郎
あのオッサン、弦五郎って言うのか。
どこかで聞いたことがあるような名前だ。ゲンゴロウか・・・?
振り返ると友達は何も無かったように座ってタバコをふかしていた?
『水、無いってさ。』
『はぁ?何でわかっるの??』
『さっきのオッサンが言ってたよ。』
『はぁ~?』
下流に目をやるとおっさんの姿はすでに見えなかった。
そうは言われてもここまで来たんだし、水が無いといっても釣りに成らないほどじゃないだろう。
そう思って行って見ることにした。
必死に歩いて、歩いて、そして二つ目の滝を越え、上流に行った。
滝を登る途中、何度も耳を澄ませた。
水の流れる音は聞こえず、静まり返っていた。
本当に水が無かった。
つづく
この話はフィクションです。